「デジタル・キャンパスの実現:大学図書館と総合情報処理センター」
徳島大学附属図書館講演会(2001年11月2日)講演要旨

アメリカでもキャンパスの電子化がすすんでいる有力校であるカーネギー・メ ロン大学(CMU)における調査によれば、82%の学生がコンピュータを所有し(ちょっ と少ないような気もするが)、ほとんどすべての学生がインターネットを利用 している。その結果、93%の学生が「図書館へ行くよりも情報をオンラインで 見つけることのほうが当然である」と考え、83%が「開館時間が限られている ので、図書館で自由に資料を入手できない」と述べ、75%が「オンラインなら ばいつでも情報を入手できるので、時間が節約できてうれしい」と感じている ということである。つまり、このインターネット時代の大学キャンパスでは、 図書館は不要であると考えられるのかもしれない。それならば、図書館を廃止 して浮いた金とスペースをその他の有意義なこと、とくに情報基盤の拡充に使 用すればよいではないかという議論が説得力をもつことになる。

他方で、いわゆる「計算機センター」「情報処理センター」と呼ばれる施設が 国公私立を問わず大学には設置される場合が多い。もとよりこの施設は、1960 年代後半に国産計算機技術の振興を目指して旧帝大に起源を持つ7大学に「大 型計算機センター」を、さらに各大学に「総合情報処理センター」、「情報処 理センター」を設置したことに由来する。このことの皮肉な結果は、1990年代 に大きく変化した計算環境、ネットワーク環境に遅れをとったということであ る。たしかに毎年のようについてきた補正予算によって、さまざまな技術のネッ トワークが導入され、大型計算機本位のサービスからPCペースのサービスへの 変化を経験せざるを得なかったが、個々の研究室の計算パワーのほうが強力に なったりするなど、大学の環境整備のなかでセンターのリーダーシップは、弱 くならざるを得なかった。大型計算機センターはいざしらず、総合情報処理セ ンターは、教官1名、技官1、2名の体制のところがほとんどであり、この資源 では、教員1000人学生10000人規模の大学の情報基盤を構想し、実現すること などはどう考えても無理である。

しかし、このような全般的には悲観的な形勢にもかかわらず、現在の日本の大 学がおかれた状況,すあわち大学改革を求める諸方面からの要請は、電子化、 情報化の重要性を無視できないものとしている。すなわち、現在の日本の大学 は、一方では高等教育と先端科学技術研究開発というその本来の社会的役割の 履行を強くせまる社会からの要請に応えると同時に、他方ではデジタルネット ワークの社会インフラ化によって加速される社会の情報化、つまりいわゆる 「IT革命」あるいは「ICT(Information and Communication Technology)革命」 という動向にも対応することを迫られている。前者の課題は、ある意味では日 本に特有の事情、すなわち第二次大戦後の日本における高等教育と学術研究に 関する意識と政策が、その量的な拡大と外部環境の変化に即応した質的変革を 遂げられなかったという事情にすぎないが、後者の課題は、(もちろん、当面 は先進諸国に限定されるはするものの) 全世界的にあらゆる個人、あらゆる組 織が対応しなければならないという意味で人類的規模という性格を持つ。した がって、大学における教育と研究にとって不可欠の意味を持つ大学のデジタル 化は、この大学改革と社会インフラの情報化というふたつの圧力によって示さ れる方向性を自覚して、その展開を図らなければならない。これが、今われわ れが置かれた状況であるように思われる。

以下では、現代日本における大学改革という時代の波を前提として大学図書館 について考えるときに、われわれが配慮しなければいけない問題点、そして、 実際それらをめぐって現在さまざまな検討が、意識的であれ無意識的であれ、 なされていると思われる事項を整理してみよう。

  1. 学生・研究者の情報クリアリングハウスとしての図書館・情報センター プラスアルファ
  2. コンピュータリテラシー教育から情報リテラシー教育への移行
  3. 大学の生涯学習支援機能および地域連携における情報化
  4. 学術的コミュニケーションの電子化による変容
  5. 教育のための電子的環境整備の課題(電子ブックや遠隔教育等も)
  6. バーチャル電子図書館の時代におけるレファレンスの役割
  7. 大学の情報基盤構築

このうち、1.は、現在の高等教育がまさに人材養成を主たる目的とする教 育機関としての社会的責任をはたすために考えなければならない観点、すなわ ち、学生のキャンパスでの学習の中心がどこにあるようになるか、そのような 状況を構築できるのかという問題である。2.は、とりわけ、高等教育を受ける ために身につけることが必要な情報技術とは何か、それはどのように教育すべ きであるかという問題を中心とする。

3.は、大学の教育研究活動とその成果を、従来の年齢輪切り型人材養成(効率的 知識輸入)と論文刊行(象牙の塔)という方式に加えて、直接に社会に還元する ことが求められているという状況にどのように対応するかという問題である。 とくに、図書館にとっては、情報発信の機能をどのように実現するかという問 題とも関連するものであり、近年の北米における(スタンフォード大学図書館 の)HighWire Pressや(研究図書館協会の)SPARC、さらにABELINEやInternet II の活動などの事例を見るにつけ、その重要性を忘れてはならない点である。4 は、最近5年間に起きたことであるものの従来の図書館運営の電子化を越えて、 資料そのものの電子化に対応することをどうするかという課題に対する対応を 意味する。5.は、さらにそのような資料の電子化が、これまで以上に教育の現 場において進行し、遠隔授業など情報通信技術が不可欠の教育方法、そのなか で電子化された資料の扱いなどを解決しなければならないということを意味し ている。

6.は、図書館の従来機能の延長上にあるようにみえるが、そうではない。イン ターネットが巨大な電子図書館であるという状況は、電子決済や電子政府が実 現しなかったとしても、そのまま進行するであろう。そのとき、学習・研究の 需要に応じて、学生・研究者に対して適切な参照先を提示していくことができ るということは、それぞれのキャンパスが真に学習・研究の場であることを維 持するためには不可欠の条件である。しかしはたして、現在の体制は、人的に も物質的にもその課題に答えるものであろうか。7.は、これらの課題に答える ために、少なくとも現在の国立大学においてはいかなることがなされなければ ならず、またいかなることが可能であるかということにかかわる議論である。

ここでは、これらのすべての事項について詳論することは不可能であるので、 とくに7.にかかわる議論において忘れてはならないことを中心に議論をしてお きたい。7.にかかわる現在の展開としては、表面上は、早稲田大学、慶應義塾 大学、立命館大学などの先導的な私立大学における図書館と情報センターの組 織統合の経験、また、東京大学、大阪大学、東北大学、広島大学、千葉大学な どの国立大学における大型計算機センター、総合情報処理センターの改組構想 とそれへの図書館の(積極的)かかわりがあげられる。これらは、多くの場合、 いわゆる学術情報、すなわち、研究・学習にかかわる情報を中心とする連携・ 統合であると考えられる。実際上にあげた諸項目もそのようなものである。し かし、これからの大学において、明確に画せられた学術情報という範囲を越え た領域が重要な課題となることは間違いない。すでに一部は触れているが、た とえば、学業成績や学生身分の情報管理という課題は、もはや学術コンテンツ 情報と紙一重の位置づけを得て不思議ではない。あるいは、さまざまな大学運 営上必要な仕組みもまた、大学情報基盤の一部をなすものに違いない。これら の情報を適正かつ能率的に入手する方法を提供することは大学の情報基盤の役 割でなくていいのだろうか。さらに、現在、情報セキュリティの重要性が説か れていることを考えると、学術情報にせよ行政情報にせよ、同じネットワーク 基盤に依然せざるを得ない以上、コンテンツの差は別にしても、共通に管理・ 運用することが必要となることは明白である。とくに、これらの行政目的の情 報は、今後大学間の連携(コンソーシアム)が進行するにつれ、共有を余儀なく されることになるであろいう。そのとき、大学全体としての情報基盤が一元的 に管理・運用されていることは当然の前提となるのであり、今からわれわれと しては、その準備にはいる必要があると言わざるを得ない。